Ms Puddle's Haven

再会



私のミニフィク「Reunion」を日本語に翻訳して下さった日本の読者ayaさんに心より感謝いたします。このストーリーは主に漫画版を元にしていますが、キャンディ・キャンディ FINAL STORYからもいくつかアイデアをお借りしています。多くの時間と労力を割いて下さいましたayaさん、本当にありがとうございました! 本作品を日本語でもお届けすることができ、大変光栄です!

Disclaimer:キャンディ・キャンディ原作とキャラクターすべては水木杏子先生、画像はいがらしゆみこ先生、アニメは東映アニメーションに属します。

再会

列車が見知らぬ駅のプラットフォームに向けて刻々と近づいて行くと、「ロックスタウン」という駅名が遠くにきらりと輝いて見えた。キャンディは心臓がどきどきして今にも破裂してしまいそうに感じて、波打つ胸を手で押さえた。ここでアルバートに会える可能性も充分あるという期待を抑えることができなかった。何といってもここは彼が小包を発送した場所なのだ。アルバートの言葉はすでに脳裏に焼きついていた。

キャンディ、
一足先に春のプレゼント
どこにいても君の事を想っている……
アルバート

これはアルバートも同様に彼女に会いたがっていること、彼が何らかの理由でこの小さな町に滞在していることを強く示唆しているように思えた。

(春のコート、最新の……)
滑らかな生地についた目に見えない埃を、指がひとりでに払い落していた。
(アルバートさんがこの町のどこかで働いてることは大いにあり得るわ。じゃなきゃ、これを買うお金をどこでどうやって手に入れたというの?)

実際、このコートが上質であることが彼女には分かった。このコートの値段は、彼がレストランで皿洗いをしていたときの月給の半分を軽く超えるだろう。

(あのころが懐かしい、お財布はからっぽだったけど……兄と妹のふりをして)

座席が半分ほど埋まった列車の、乗客のいく人かが荷物をまとめ始めていた。突然、キャンディはまるで鋭いナイフを突き立てられたかのように疑念に襲われた。
(もし彼がすでにどこかへ旅立ってしまっていたら?)

キャンディは激しく頭を振ってこのネガティブな考えを追い払った。かつてないほどの不安にかられて、持っていた紙片を目の高さに掲げた。それはマーチン先生が描いてくれたアルバートの似顔絵だった。(ありがとう、マーチン先生。これを見たらアルバートさん、きっと喜ぶわ……彼の驚く顔が目に浮かぶよう……)

キャンディはくすっと笑った。彼女の顔に満面の笑みが広がる。キャンディは似顔絵に向かってささやいた。「おねがい、待っててくださいね。とうとう来ちゃったの」

キャンディはいつもの楽観的な彼女に戻っていた。彼女は急いで旅行鞄を引っ掴んだ。最初に郵便局がどこか尋ねようと思った。こんな小さな町には、郵便局は一軒だけだろう。
(きっと郵便局の誰かが彼のことを覚えているに違いない……)

しかし無念なことに、郵便局には似顔絵の人物に心当たりがある人はひとりもいなかった。彼女はまるで今まさに誰かに胃を一撃されたような気分だった。こう言った人すらいた。「生まれてこの方ずっとここに住んでて、みんな互いに名前を知ってると言っていいほどなんだ。誰かが新しくここにやって来たら気づくさ」

最近町にやって来た訪問者の中には、アルバートはいなかったと言っているのと同じだ。希望が打ち砕かれたとはいえ、キャンディは郵便局の人々にお礼を言った。まばたきして辛うじて落胆の涙をこらえ、喉に込み上げてくるものをぐっとこらえて飲み込んだ。

(これからどうするの?)
彼女は意気消沈し途方にくれて自問した。旅行鞄がいつもより重く感じた。次の列車でさっさとシカゴに帰ったほうがいいのだろうか。そう思いかけたものの、彼女は郵便局の外壁にもたれ、目を閉じて心のありかを探った。
(ここに来るのは時間の無駄だというの? なぜわたしはこんなにもアルバートさんに会いたくてたまらないの? もし彼がなぜここに来たのかって単刀直入にきいてきたら、何て言うつもり? ちょっと寄ってみただけって? 本当にわたしはどうしたいの? 一緒にシカゴに戻ってほしいって頼むの? だけどどうして? アルバートさんはもう記憶が戻って……もう病気で弱っていた彼とは違う……)

あらゆる問いかけが押し寄せてきて頭の周りを巡り、頭がクラクラするようだった。キャンディは、どうしたらいいか分からないと言うほどではないものの、ひどく混乱していた。ただひとつ確かなことは、アルバートが彼女の心の特別な場所を占めていて、もう二度と会えないかも知れないと思っただけで、心が張り裂けてしまうことだった。そう、彼はよくどこからともなく現れた。でもまた姿を現してくれる保証はない。これが彼に会えないことが耐えがたかった理由のひとつだ。生涯でふたりがまた巡り合うときが、いったいいつになるのか、まったく見当もつかなかった。

アルバートさんは旅人なのだ、自分に会いに来る義務などないのだと何度自分に言い聞かせても、彼のことが気になって、起きている間はずっと彼の顔が頭から離れなかった。ただむなしく時を過ごしていたわけではない、アルバートを捜すために似顔絵を描こうとすらした。長いこと一緒に暮らしていても、ふたりが友人同士に過ぎなかったのは確かだ。けれども、わざわざここまで来るのに二の足を踏むことはなかった。このチャンスに賭けてみずにはいられなかった。

ちょうどこのとき、おなかがグーと鳴った。そういえば旅の興奮と不安のせいで今朝からあまり食べていない。今はどこか座れる場所を見つけて、次の手を考えるときなのだ。そう思って、キャンディはあてずっぽうに、小さな喫茶店が併設されたパン屋に入った。お茶と大きなクッキーの支払いを済ませると、彼女は隅の静かな席を選んだ。最初の一口を食べようとしたところで、ひとりの中年女性が彼女の席にやって来て挨拶した。「こんにちは、このささやかな、ちっちゃなわが町に今日は何の御用?」

郵便局の人たちが言っていたとおりで、キャンディが新来者であることがすぐに分かってしまった。キャンディはこの女性に向かって笑顔を見せて言った。「最近ここに住み始めた古くからの友人を捜しに来たんです」

キャンディは揺らいだ自信を立て直すべくそう言った。その女性にはキャンディのことはお見通しのようだった。「それで、何か分かったの?」

「今、着いたばかりなんです」クッキーの一口を飲み込んでから、キャンディは答えた。女性は手助けしようとしてくれた。「その人の名は? どんな人?」

キャンディはすかさずアルバートの似顔絵を見せた。残念ながらこの女性も彼を見た覚えがないと言う。「わたしはこういうハンサムな顔は忘れないんだけどねぇ……」

そのとき突然ひとりの男性がこの女性の背後に現れ、片腕を回して気軽な口調で尋ねた。「何かあったのかい、おまえ? このハンサムな彼は誰だい?」

男性はキャンディに挨拶してからこの女性にウィンクした。女性は手に持っていた似顔絵を彼に見せた。男性は紙切れを30秒ほど念入りに眺めたあとキャンディに返した。次に彼が言った言葉にはふたりとも意表をつかれた。「この人はシカゴにいたんだろう、お嬢さん?」

「そうです!」キャンディは即座に目の色を変えて立ち上がった。ものすごい勢いで立ち上がったせいで椅子が後ろにひっくり返った。男性は眉を上下させ、得意そうな表情で妻に目をやった。それからかがんでキャンディが椅子を元の位置に戻すのを手伝った。

騒々しい物音にほかの客が好奇の目を向けたが、キャンディは気にも留めなかった。彼女はそのかわいらしい顔を興奮で紅潮させ、用心深く似顔絵を旅行鞄にしまい込むその手はひどく震えていた。そうしてから彼女は熱心に続きを尋ねた。「では、どこで会えるんですか、アル……あの……わたしの友人には?」

男性は妻の頬に軽くキスしたあと言った。「お嬢さん、ついて来なさい。その人がどこで働いてるか知ってるから」

キャンディは大感激したが、はやる心をなんとか抑えようとした。キャンディは女性に急いでハグして、その男性とふたりで外に出たが、女性は我慢できずにふたりについて来た。「待ってぇ!」彼女はそう叫んで右手を振りまわした。

結局この夫婦がパン屋のオーナーであり、男性が定期的に焼きたてのパンを、この町唯一の高級レストランに配達していることが分かった。「名前は忘れたけど、君の友人はキッチンを手伝っててね」男性は言った。「彼はめったに近所を出歩かないし、姿を見せたとしても、濃い色のサングラスをかけているんだ」

(アルバートさんに間違いない)
キャンディの期待は大いに膨らんだ。この町で彼女に会ったときのアルバートの反応を思い描くと、鼓動が速まり、手に汗がにじみ始めた。通りで踊りだしたい気分だった。旅行鞄はもう重くはなかった。ただただこの人がもっと速く歩いてくれればいいのにと願った。男性の話は続いたが、キャンディにはもう一言も聞こえなかった。心臓がドクドクいう音だけが耳の中に響いていた。

すぐに高級レストランの裏手に着き、男性は人々が慌ただしく立ち働くキッチンへ向かった。シェフがスケジュールをチェックして教えてくれた。「アルバートはもう間もなく来るはずです。彼のシフトは15分ほどで始まりますから」

あまりに出来過ぎで信じられない話だと思っているうちに、中年男性はキャンディに別れの挨拶をした。「幸運を祈るよ、お嬢さん」男性はそれから妻のほうを向いて「さあ、もう行こう」と言った。

キャンディはふたりに心をこめてお礼を言い、礼儀正しく彼らをレストランの裏口まで送って、さようならと手を振った。そのとき左手のほうから聞き覚えのある男性の声が聞こえた。「キャンディ? キャンディなのか?」

キャンディは跳び上がるほど驚いて横を向いた。旅行鞄がドサリと地面に落ちた。太陽はまだ空高くにあった。彼女は目を細めて見上げた。背の高い男性が濃い色のサングラスをはずした。彼は信じられないといった様子でまばたきし、すっかり面食らった顔をしていた。彼は黒いセーターに身を包み、白いマフラーを首に巻いていた。彼が突然いなくなってしまう前に見たのとまったく同じだ。

どこかすぐ近くでパン屋の女性が甲高い声をあげた。「あら! 思ってたよりずっとすてきじゃない!」しかし夫が指を唇に当てて彼女を黙らせた。

一方キャンディは、アルバートをひとめ見たとたん突然気づいたことに愕然としていた。彼はもう兄などではなかった。キャンディは彼の胸に飛び込みたくてたまらないのに、その場で凍りついてしまった。口もきけないほど狼狽して、動くこともできなかった。この風来坊の友人に会いたくて、泣き疲れて寝入った夜は数知れない。しかし今彼が手を伸ばせばすぐ届くところにいるというのに、押し寄せる感情の激流に身がすくんでしまっていた。抑えきれない涙が頬を伝って流れても、わななく唇を震える手で覆うのがやっとだった。

同様に、アルバートもまるで体が石になってしまったかのようにその場に立ち尽くし、友人をじっと見つめていた。最初の驚きが、困惑とキャンディの意図への不審の入り混じったものに変わっていた。彼の知らないうちにキッチンスタッフの何人かが外に出て来ていた。このかわいいブロンド娘がハンサムな友人を捜してはるばるシカゴからやって来て、さてこれから何が起こるかと、彼らも興味津々だった。いわゆる友情以上のものがそこにあることは皆うすうす感じていた。

やがてアルバートはキャンディの頬がぬれて光っているのに目をとめ、一歩進み出て手をさしのべると、彼女の涙を優しく指でぬぐった。彼の手が触れたとたん、まるで電流に打たれたかのように彼女はきらめく瞳を大きく見開いた。とうとうアルバートと目が合ったとたん、突然彼はキャンディを抱き寄せた。キャンディは驚いて息をのんだが、たちまちとろけそうな気持ちになった。そのときになってようやく、キャンディは自分が切望していたものが何かを理解した―-彼の胸に抱かれ、懐かしいにおいに包まれていたい。彼女が安らぎを求めてアルバートの温かい胸に顔をうずめ、彼の引き締まった上半身に腕を回すと、彼は前かがみになり、つぶやくように小声で尋ねた。「どうして来たんだい、キャンディ? ひとりでこんなに遠くまで来るのは危険だ……それに、君の知らないことがあまりにも多い……僕のことで……」

キャンディは心がかき乱されて、うまく答えられなかった。自分でも自分の気持ちがよく分からなかったのは言うまでもない。今望むことはアルバートの腕が彼女を包みこみ、彼の温かな息が髪をかすめるこの瞬間を味わうことだけだった。いつまでこうしてハグしていられるだろう? 周りに人がいるのは分かっていた。それに今起こっていることが、彼をしっかり抱き締められたことが現実だとは、いまだに信じられなかった。同時に、彼が行くところならどこへでもついて行きたいという欲求が彼女の中で急速に湧き上がり、ひとりでシカゴに戻りたくないという衝動に駆られた。

キャンディの胸中に気づくことなく、アルバートはキャンディの小柄な体をさらに引き寄せて続けた。彼の声はくぐもっていた。「君は僕の名字さえ知らない」

今まで何一つ言葉にすることができなかったキャンディだったが、彼がそう言うやいなや、彼女は腕を緩めて顔を上げ、頬をバラ色に染めて声に出して言った。「そんなこと関係ないわ!」それから下唇をかんで深く息を吸い込むと言葉を継いだ。「わたしにはアルバートさんがアルバートさんであることに変わりはないわ」

キャンディの返答を聞いて、彼は信じられない様子で目を丸くして、体をこわばらせた。彼を無条件で受け容れる彼女の言葉にアルバートは意表をつかれた。しかし、驚きの一瞬ののち、思いやりと愛情のこもった微笑が彼の顔に広がった。キャンディの言葉はアルバートの胸を打ち、彼の気持ちが表情からうかがえた。アルバートは穏やかな顔になると、輝く青い瞳でキャンディの涙にぬれた瞳を見つめた。彼はキャンディの柔らかな巻き毛にそっと指をからませ、彼女の頬を脈打つ胸にきつく抱き寄せた。

アルバートに愛情をこめて抱き締められて、嬉し涙がとめどなくあふれて流れた。ここが一番なのだ、一緒にいたいと思う人はこの人以外にいないのだとキャンディは確信した。思えば、ロックスタウンに来る途中、キャンディはアルバートに答えを求めようと考えていた。どうして記憶が戻ったことを隠していたのか、なぜきちんとさよならも言わずにいなくなる必要があったのか。けれども、アルバートの優しさに包まれて、驚くほど安らかで、不思議な充足感に満ちている今、何もきこうという気持ちにはならなかった。彼が一緒にいてくれるかぎり、彼女の頭から離れないこの疑問への答えがいつか見出せるだろう。

行かないで
歌手:玉置浩二  作詞:松井五郎  作曲:玉置浩二

なにもみえない なにも ずっと泣いてた
だけど悲しいんじゃない
あたたかいあなたにふれたのがうれしくて

ああ…… 行かないで 行かないで
いつまでもずっとはなさないで
ああ…… 行かないで 行かないで
このままで

いつか心は いつか遠いどこかで
みんな想い出になると知らなくていいのに
知らなくていいのに

ああ…… 行かないで 行かないで
どんなときでもはなさないで
ああ…… 行かないで 行かないで
このままで

 

「キャンディ?」男の声が耳の中に響いた。誰かが彼女の肩をつかんで揺さぶっていた。「キャンディ?」

彼女はくしゃみをして、のろのろと目を開けた。マーチン先生の心配そうな目と目が合い、彼が叫んだ。「何てこった、いったいいつから診療所の外で眠ってたんだ?」

つかの間キャンディは途方に暮れた。頭が少しばかり混乱して、風がひどく冷たく感じた。寒気がしておもわず両腕をこすったとき、マーチン先生がさらに問いかけるのが聞こえた。「まったく何て有様だ! 泣いとったのか?」

彼の最後の問いかけにキャンディはやっと我に返った。何の夢を見ていたかマーチン先生にはすべてお見通しのような気がして、頬に血がのぼった。残念なことに、キャンディはほとんど詳しいことを覚えていなかった。
(わたし、なぜ泣いたの?)
記憶に残っているのは、ロックスタウンでアルバートが見つかって、嬉しくてたまらなかったことだけだった。そうだ。キャンディは慌てて顔をぬぐって地面から立ち上がると、厚手のコートの埃を払い落とした。少しだって時間を無駄にできない。キャンディはドクターと一緒に診療所に入ると、昨日家に帰ってから受け取った小包について説明した。

「アルバートさんが送ってくれたんです。ロックスタウンっていうところから……。だから昨晩はほとんど一睡もできなくて……そこに行ったらどうなるだろうかって、あれこれ状況を想像して頭がいっぱいで……。アルバートさん、きっとわたしのこと待ってると思うんです……」

声はしだいに小さくなり、彼女は目をそらした。マーチン先生は深いため息をついて、彼女に心配そうな視線を投げ掛けた。マーチン先生がホットコーヒーを注いでくれる間も、キャンディは説明を続けた。「だから夜明けとともに、やっとの思いでここにやって来たんです。ハッピー診療所のドアにもたれて、先生が起きてくるのを待って、マーチン先生……。どうして眠っちゃったのかは覚えてないんですけど……」彼女は決まり悪そうに笑って、ペロッと舌を出した。

マーチン先生は首を左右に振って笑った。彼は長いこと黙ってコーヒーをちびりちびり飲んでいたが、やがて尋ねた。「いつ行くつもりかね?」

「一刻も早く。マーチン先生」キャンディは即座に答えた。それから彼女は目を伏せて、温かいカップを両手で包んで悲しそうな口調でつけ加えた。「もしよろしければ2、3日お休みをいただきたいんですけど……」

マーチン先生には、自分の答え如何に関わらずキャンディの決心が固いことが分かった。「もちろんじゃ」彼は休暇を許可して、やれやれと長いため息をついた。「一緒に切符を買いに行ってやろうか? その何とかいう……そこに行く切符を」

=o=o=o=

ジョルジュは総長室に着いてドアをノックした。「どうぞ」と言う声が聞こえると、取っ手を引いて重厚なドアを開けた。若き総長は書類を前に忙しそうだった。

「ウィリアム様、最新情報が届きました」オフィスの大きく光沢のある黒檀製のデスクに近づきながらジョルジュは言った。印象的な青い瞳と黒い瞳の視線が合ったとき、ジョルジュは咳払いをしてつけ加えた。「キャンディス様に関することです」

それを聞いて、穏やかな表情だったアルバートがたちまち心配に顔を曇らせた。「彼女は元気なのか?」

「お元気かと」ジョルジュは穏やかな口調で言うと封筒を上司に手渡した。「ウィリアム様、失礼いたします。目下ほかの仕事を抱えておりますので」

アルバートが頷くと、ジョルジュはくるりと背を向け、大またで広々としたオフィスをあとにして、私立探偵のレポート読む際、彼をひとりきりにしてくれた。

ドアが完全に閉まる前に、アルバートはすでにレポートを開いて読んでいた。それはとても短いもので、おもにキャンディス嬢のロックスタウンへの片道切符の購入に関するものだった。彼女の出発は明日で、私立探偵が同じ列車に乗る予定である。

「明日?」アルバートはびっくりしてつぶやいた。「そんなにすぐ?」

ある考えが脳裏をよぎった。
(とても会いたがってるってことか、彼女……も?)

彼はデスクから身を引いてため息をつくと、目を閉じて高い背もたれのついた革張りの椅子に寄りかかった。その考えは彼を喜ばせるものだったが、希望が現れたとたん、彼は無理やりすぐにそれを打ち消した。何週間も前のあの冬の夜にマグノリア荘を出て以来、彼女にもうロマンチックな考えは抱かないと心に決めていた。これが彼女の前から姿を消す最大の理由だった。そして彼女をテリィの元に導くことは、彼女を忘れるために間違いなく役立つはずだ。

(許してくれるだろう、キャンディ? テリィのあんなに惨めな状態を見たら、僕が君をそこに送ったわけが分かる筈だ……。彼のことをまだ心から愛しているのだろう……一年ほど前の破局にもかかわらず……。キャンディ、君はもう充分長く苦しんだんだ。テリィとやり直すより幸せなことはないだろう? これが僕にできるせめてものことだ……君のために)

それでもアルバートは、今、胸が締めつけられるのを自覚せずにいられなかった。彼はぐっとつばを飲み込むと、ゆっくりと立ち上がり、窓の外のたそがれの空をじっと見詰めた。テリィとともにロックスタウンをあとにするキャンディの大きな幸せを想像したとき、アルバートはこの一挙両得の計画にいくらか慰められた気がした。彼は空に光るひときわ明るい星を探して心から祈った。
(キャンディ、気をつけて行っておいで。幸せに……テリィと……)

=o=o=o=

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